osaka-1

 愛知県は、英雄の生まれた場所で戦国時代にもっとも影響を及ぼした三人の武将(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)、三英傑の生誕の地として有名と説明してきました。
 続いて、写真は、大坂城です。豊臣秀吉が浄土真宗の本山として栄えた本願寺の跡地に1583年に大坂城の築城工事を開始したとされています。秀吉は、織田信長の安土城をモデルとしつつ全てを終える城を築城からわずか 1年半後の1585年には天守を完成させたとされています。まだ、不安定だった秀吉の政権が権力の強さを示す象徴としての天守を早く完成させたかったと思われますが、天守完成後も断続的に城造りが進み築城開始から15年の歳月を掛け徐々に築き上げられたようです。この時の大坂城は、現在の大阪城公園の約 4倍の広さとされていて4重の堀に囲まれた日本一の巨城だったらしいです。
 その後、秀吉が世を去ると、家康は天下を狙い1600年に関ヶ原の戦いで勝利し、さらに1614年、1615年の大坂の陣で豊臣家を滅亡させ天下を治めた訳ですが徳川幕府は、焼け落ちた豊臣の大坂城の上に盛り土をして完全に埋めてしまい、その上にまるごと新しい徳川の大坂城を築きました。秀吉が築いた大坂城を消し去って、さらに大きな徳川スタイルの城を築くことで、徳川時代の到来を目に見える形で示したとされています。
 しかし、大坂城ほど大規模な城の築城者が、何故か豊臣秀吉と思われている?という不思議な状況が存在します。城主は歴代将軍ですが、将軍自身の入城がほとんどなく徳川嫌いの大坂の民が豊臣の城だと言い続けたみたいですね。その後、学術調査で地下からは火事の痕跡や石垣の発見で豊臣の大坂城が地下にそのまま眠っていることが分かっています。
 何となく、なごや嬢から、戦国三英傑を思い出して写真を探してたら都合よく名古屋城、清須城、岡崎城、大坂城の写真が見つかったので少し調べながら描いてみましたが、天下統一を目指した3人の戦国武将「織田信長」、「豊臣秀吉」、「徳川家康」ってスゴイですね。でも戦争だらけだったなんて信じ難いですが・・・・。